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横浜映画ボーイ

映画の分析と感想を書きます。時々脚本も。

「スパルタの海」 1983年/2005年 日本 8点/10点 

 

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映画「スパルタの海」予告編

 

 

 

物語の型

組織の中で

バディとの友情

 

ログライン

体罰で死人を出し批判に晒されている戸塚ヨットスクールに今日も問題児が連れてこられる。

登場人物

戸塚宏・・・戸塚ヨットスクール校長

松本俊平・・・高2男子、引きこもり、家庭内暴力、東京

沢明子・・・高1女子、不良、家庭内暴力、長崎

川西・・・ヨットスクール副校長

水谷・・・コーチ、看護師

山内・・・コーチ

岡村・・・中三男子、家庭内暴力、横浜

高松・・・20歳、長野、無気力

山上・・・高1男子、非行、軽度の知的障害、大阪

かっぱ・・・スクール生

 

構成

オープニング・インシデント

松本俊平の家にヨットスクールのコーチたちが乗り込み、俊平をボコボコにしてスクールに連れていく。

 

タイトル

・校長、コーチ陣の説明

 

セットアップ

・新入りである俊平を通して「組織」戸塚ヨットスクールを説明する。

・俊平は合宿所に連れてこられて激しく暴れるが、丸刈りにされ座敷牢に放り込まれる

・下段の座敷牢には沢明子がいる。明子と俊平のビー玉。フラッシュバックで明子の事情を説明

・起床、点呼、ランニング、筋トレ、ヨット訓練、俊平と明子はパワハラとセクハラにまみれたスクールの一日を経験する(観客への説明)

・スクール生たちは近くの旅館のふろに入る。旅館の女将と夫の町内会長は校長の支援者。

・主要人物はほぼ全員登場

 

きっかけ

・俊平が耐えかねて裸で逃走し、交番に駆け込む

 

第一ターニングポイント

・校長が俊平の両親を連れて警察署に取り返しに来る

・スクールは既に死人を出していることもあって刑事はスクールではなく両親に俊平の身柄を渡そうとするが、両親は頑なに校長に渡すよう刑事に訴える

戸塚ヨットスクールと警察、その後ろにある一般社会との対立

・俊平の両親が警察上層部とのコネを示唆すると刑事は観念する

・逃げる刑事を揶揄する校長

 

サブプロット

・山上の両親が息子を引き取りに来る(クールダウン、俊平の両親との対比、子供を見捨てた親だけではない)

 ・コーチが明子のビー玉を取り上げる。それを見た俊平がコーチの気をそらすために暴れる。俊平は縛られ指揮船に放置される。

 

・横浜の岡村家からヨットスクールに助けを求める連絡が来る。

・指揮船で一夜を過ごした俊平はだいぶ落ち着いてきたのをみて、校長は手ごたえを感じる。

・俊平がおとなしくなったのと入れ替わりで新たなトラブルメイカー岡村が合宿所に連れてこられる。

・ヨットの講義でコーチから指名されたかっぱが生徒たちに説明する。それを見た校長はかっぱの卒業を決める。

・かっぱは感謝しながらも合宿所から逃げるように帰っていく。

・水谷は逃げるように帰っていったことに不満を言うが、校長はどんなに憎まれてもここを乗り越えたことでこれからの人生を自信をもって生きていってくれればそれでいいと言う。

 

ミッドポイント

・俊平は筋トレ、ランニング、ヨット訓練に励んでいる。俊平と明子のボートがぶつかる(サブプロット)

・明子が料理をしている水谷に手伝うと申し出る。泣いて喜ぶ水谷

 

迫りくる悪い奴ら

・いわくありげな高松がやってくる。

・高松も一連の訓練を受けるが無気力で全くできない

・俊平が隠れて明子にビー玉を渡す(サブプロット)

・深夜高松が意識を失い、コーチたちが急いで病院へ連れていく。しかし死亡する。

 

全てを失って

・ヨットスクールはマスコミ、世間から袋叩きにされる。

・校長は高松の両親から胸をつかまれて罵倒される

・ヨットスクールにも抗議の電話が殺到、校長の妻が精神的にダウン

 

心の暗闇

・校長は辞めようかと妻に告白する

・しかし妻から説得される

 

第2ターニングポイント

・岡村が通りがかった女子高生を人質に取る

・明子が身代わりになろうと飛び出し、俊平も明子を追う

・俊平が突然意識を失い倒れる

・校長と水谷らが俊平を病院へ急いで連れて行く

・俊平は助かる(岡村との対比)

・岡村の事件で周辺住民からもスクール追放の声が出てくるが、支援者らが校長に支持を伝える。

・回復した俊平を実家に戻ることになっている明子が待っている

・帰る明子に俊平はビー玉を橋って渡そうとするが渡せない(失恋)

・俊平がヨットスクールのレースで一位になる

 

フィナーレ

・春が来て俊平の両親が面会に来る

・俊平は成長した姿を見せ、両親は校長に感謝をする

・校長は俊平に帰宅を許可する

・俊平はお礼も言わずに両親と帰る

・ヨット訓練を監視している校長の所へヨットに乗った俊平が突然来る

・驚く校長に俊平は親に黙って戻ってきた事、校長のように太平洋横断レースに出たいことを告白する

 

エンディング

・簡単じゃないと厳しく言いながらも嬉しそうな校長と俊平を乗せたヨットが海を進んでいく

 

 

 気付きポイント

【「組織の中で」と「バディとの友情」はセット】

物語の型は「組織の中で」だが、この型の代表作は「ゴッドファーザー」である。この作品もコルレオーネ一家という「組織」と父子の「バディ」の物語がセットになっている。この二つの物語の型はセットになることが多いのだろう。

 

【和解の前の別れ】

「バディとの友情」で互いに必要と感じつつもそのまま素直に二人はくっつかない。それではドラマにならないからだ。二人がくっつくためには別れが必要。今作品でも俊平と校長はそのまま和解しない。俊平が一旦出て行き、校長の下へ親にも黙って戻ってくる。別れと和解、これは必ずセット。

【対比の効果】

キャラクターを対比させることで書き分けることが出来る。生徒たちは俊平を中心として対比され描かれていたり、様々な対比が用いられている。

明子・・・俊平と同じ境遇だが性別が異なる。

岡村・・・俊平が順応したため新たなトラブルメーカとして投入

かっぱ・・・更正した生徒の象徴。スクールに感謝しつつも逃げるように帰って行く。しかし俊平は戻ってくる。

高松・・・高松は死ぬが俊平は助かる。これにより校長が殺人者ではないことが描かれる。

山上とその両親のエピソード・・・俊平や明子の両親は子供を見捨てたが、山上の両親は見捨てていない。スクールに子供を預ける親も色々いるということでステレオタイプ化を避けている

 

【小道具】

今作品で大活躍するのが小道具「ビー玉」である。ビー玉によって俊平と明子のサブプロットは支えられている。二人を関係付け、それぞれの無垢だった頃を思い出させるアイテム。俊平と明子はほとんど会話をしないが、このアイテムで二人の関係は進む。そして第2幕最後のビー玉を俊平が明子に渡せなかったシーンは俊平の想いが明子に届かなかった=失恋を表している。最初見たときは何故ビー玉?何故電車を追って渡そうとするのか?とシチュエーションの古臭さもあって理解できなかったが、見返してみるとなるほどよく考えてある。あれはつまり告白シーンだったわけだ。メインプロットが校長と俊平のバディムービーだからといってサブプロットの俊平の恋をビー玉ひとつで片付けてしまうのはすごいと思う。

 

【過剰さ】

主人公には過剰さが必要だといわれる。何か常人より過剰にある(またはない)為に何かをやろうとすると周辺と摩擦を起こしてしまう。その摩擦がドラマになる。常人ではなかなか摩擦は起きない。起きないから常人が主人公の場合「巻き込まれ」ストーリーになりがちである。今作品では伊藤四郎演じる戸塚校長は日に焼け筋肉質な体を使い過剰なエネルギーで過剰な暴力を振るう。そして俊平もまた過剰な攻撃性を見せる。今作品に何か異様な力を感じるのはこの過剰さによるところもあるのだろう。

 

感想

この作品を知ったのはツィッターで戸塚ヨットスクールの幼児教育が話題になっていたときである。戸塚ヨットスクールを描いた映画ですごいのがあるというものだった。はじめは期待せずに見始めたのだが、いやいやなかなかすごかった。

 物語の型は「組織の中で」と「バディとの友情」が組み合わさっている。「組織の中で」の規則に従い最初組織の新入りの目を通して組織の説明が行われる。そして「俺たちと世間のやつらどっちがイカレているか」ということが問われて行く。プロパガンダ映画だとこの時に「俺たちは最高だが世間がイカレている」というように組織礼賛になってしまう。しかしこの映画の特異な点は「俺たちも間違ってるかもしれないが世間も間違っている」と問うことである。体罰は良くないかもしれないが、じゃあ、あんた達に代案はあるのかと問う伊藤四郎演じる戸塚校長。その過剰なエネルギーは見る者の心をざわつかせる。

 ただ、かなり引っかかる理屈もあった。生徒が死亡し世間から激しいバッシングを浴びたときに校長と妻が話し合うシーンがあるのだが、そこで校長は「情緒障碍児(今で言う人格障害)は初めから社会的に死んでいる。我々はそれを助けられなかっただけ。彼らは初めから死んでいるのだから殺すも何もない」とか言っていて、さすがに「いや、その理屈はおかしい」と見ながら突っ込んだ。

 あと、バッシングで精神的にダウンした校長の妻がスクールをやめてと頼み、校長もやめようかと何度も考えていると答えるのだが、弱気になった校長を見て妻が突然「あなたからヨットをとったら何が残るの?ヒューマニズムを振り回す世間なんかに負けないで」とか言い出して混乱した。落ち込む夫を励ます妻が必要だったのだろうがここは酷いキャラの分裂を見た。

 ただこれらの点を差し引いても面白い映画だと思う。シーンの意図もはっきりしてるし、テンポもいい。キャラクターも対比で書き分けられている。この映画の監督と脚本家はしっかりした腕の人たちだったのだろう。そしてそこに伊藤四郎の演技が説得力を与えている。当時公開されていれば社会に大きな影響を与え日本映画史にその名を残しただろうが、残念ながら今では戸塚ヨットスクール支援者によってDVDがひっそりと売られているだけである。